微生物培地組成の最適化
微生物を用いたバイオプロセスには培地と呼ばれる栄養成分を含む溶液を原料として用られますが、その組成は多様かつ複雑です。バイオプロセスに用いる微生物種により必要な成分や組成が異なり、遺伝子工学等で改変された株は元の株と培養挙動が変動し、適切な培地も変わってしまうことがあります。開発するバイオプロセスごと、育種株ごとに、目的物質の生産性が最大化する培地を探索する必要があります。実験的な探索は多くの労力と費用、時間を要することから、バイオプロセスの開発の制約要因のひとつとなっています。当グループは、小スケール多検体培養による培養データを学習データとする人工知能(AI)システムの支援による培地最適化方法を提案しています1,4。AIシステムが提案した培地を通気攪拌槽スケールで評価することも可能で、短期間で目的物質の生産性を最大化できる微生物バイオプロセス用培地を提案します(図1)。
本システムは国立研究法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進しているプロジェクト「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」の受託研究として研究開発しています。同プロジェクト内での他機関との連携で種々の微生物種、生産系を例に、短期間で優れた培地組成を提案できることを確認しています2。また、本システムを活用した民間企業との共同研究も複数実施しています3。
図1. バイオプロセス開発におけるAI支援培地最適化技術の位置づけ
関連論文
- Watanabe K., Chiou T-Y, Konishi M.*: Optimization of medium components for protein production by Escherichia coli with a high-throughput pipeline that uses a deep neural network, J. Biosci. Bioeng., 137, 4, 304-312 (2024) https://doi.org/10.1016/j.jbiosc.2024.01.005
- Konishi M.*: High cell density cultivation of Corynebacterium glutamicum by deep learning-assisted medium design and the subsequent feeding strategy, J. Biosci. Bioeng., 137, 5, 396-402 (2024) https://doi.org/10.1016/j.jbiosc.2024.01.018
- Kobayashi Y., Chiou T-Y, Konishi M: Artificial intelligence-assisted analysis reveals amino acid effects and interactions on Limosilactobacillus fermentum growth, Biosci. Biotech. Biochem., 87, 1068‐1076 (2023) https://doi.org/10.1093/bbb/zbad083 2023年度BBB論文賞
- Yoshida K., Watanabe K., Chiou T-Y, Konishi M.*: Escherichia coli protein expression using deep learning and Bayesian optimization. J. Biosci. Bioeng. 135: 127-133 (2023) https://doi.org/10.1016/j.jbiosc.2022.12.004 2024年(第32回)生物工学論文賞
微生物原料プロファイリング
微生物培養には酵母エキスやペプトンなど天然物由来の原料がよく利用されます。これらの天然物由来原料は微生物の増殖や代謝に必要な成分を豊富に含むため、実用バイオプロセスで多用されています。しかしながら、天然物の収穫時期や製造方法などに異存して、その組成が変動しやすいため、天然物由来原料のロット差がしばしば目的物の生産性に悪影響を与えることがあります。バイオ工場において、ロット差の悪影響は、生産効率を下げる他、生産計画にも悪影響を与えるため、最小化することが求められます。私たちの研究グループでは、アミノ酸分析計、ガスクロマトグラフトリプル四重極分子量分析計(GC-MS/MS)、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)、イオンクロマトグラフ(IC)、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)により、遊離アミノ酸、ペプチド性アミノ酸(総アミノ酸から遊離アミノ酸を減算して計算)、糖、多糖、有機酸、ビタミン、ミネラル等の組成(総分析項目:約130項目)を定量プロファイリングする手法を開発し、天然物由来原料のロット差を検出できます(図2)。この分析手法で多種の天然物由来原料の組成を明らかにし、それらを用いた場合の生産性等を統計的に比較解析することで、原料ロット中の生産性の影響が大きい成分を見出す手法を開発しています。また、天然培地の分析データを参考に優れた合成培地を設計する手法を考案しています(図2)1-3。
天然物由来原料の影響が大きい実用プロセスの解析に関する共同研究で、その有効性を検証しています。一部の共同研究では、影響が大きい成分を見出すことができています。民間企業からの相談が多い研究です。
図2. 天然物由来培地成分の網羅分析と分析値を活用した優れた合成培地の設計
関連特許・発表
- 特願2023-016849「合成培地の製造方法、大腸菌の培養方法、及びタンパク質、核酸、又は代謝物の合成方法」小西正朗、中島拓都、渡辺一樹(令和5年2月7日出願)
- 稲葉 侑和,中島 拓都,渡辺 一樹,小西 正朗 :培養基材定量分析データを活用したMRS培地の合成培地変換(口頭),第76回日本生物工学会大会,東京工業大学,東京都,令和6年9月8~10日
- 中島拓都,邱 泰瑛,小西正朗 “酵母エキスとトリプトンの網羅的な定量分析を活用した新たな合成培地設計戦略”(口頭)第75回生物工学会大会,名古屋大学,名古屋市,2023年9月3~5日
微細藻類増殖促進細菌に関する研究
私たちの研究室では、環境大善株式会社が市販している液体肥料1が、リン酸やカリウム等の肥料成分がごくわずかしか含まれていないにも関わらず、植物や微細藻類の増殖を促進する(MGPB, microalgae growth promoting bacteria)ことを見出しています。そこで、この液体肥料から微細藻類の増殖を促進する微生物が分離できると考えました。小スケール多検体共培養法によるスクリーニングを考案し、実際にMGPBを探索したところ、優れたMGPBが複数種見出すことができています(図3)2,3。共生機構の解明と並行して、MGPBによる有効成分の決定、製剤化方法の開発を推進しています。微生物間の共生機構を巧みに利用したバイオプロセス開発への展開を目指しています。
図3. MGPB分離方法およびその性能
関連論文・特許
- Tan P-Y, Kato Y., Konishi M.*: A novel strain of the cyanobacterial growth-promoting bacterium, Rhodococcus sp. AF2108, enhances the growth of Synechococcus elongatus, Micorob. Envion. in press
- Kato Y., Konishi M*: A mature liquid fertilizer derived from cattle urine promotes Arabidopsis thaliana growth via hormone-like responses. Biosci. Biotech. Biochem. 88, 1007-1018 (2024) https://doi.org/10.1093/bbb/zbae080
- 特願2023-000957「微細藻類増殖促進用微生物、微細藻類増殖促進剤、微細藻類の培養方法、スクリーニング方法」小西正朗、加藤勇太、タン ペイ ユ、窪之内誠 (令和5年1月6日出願)